治療内容


治療の基本的考え方

 当院の治療に対する基本的考え方は、西洋医学的視点を基に患者様の主訴を「病態」という全体像として捉えるところにあります。患者様が訴える痛みや不調の部位だけに捉われず、体格や姿勢、基本的骨格の状況なども含めた全体的な観察を丁寧に行うことによって、その痛みや不調の本質的原因や誘因にたどり着けることがあるからです。要するに患者様の病態という状況をよく理解するために診察(問診・視診・触診等、)や簡単な検査をし、そしてそれを基に鍼という道具を使った治療に臨みます。

 鍼はあくまでも道具です。鍼に何か特別な力があるわけではなく、あくまでも刺激を与えるための道具です。その刺激によって患者様が元々持っている回復力という力を発揮し改善に向かっていくものであり、私たち医療者の仕事はその力を邪魔せずサポートすることにあります。

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痛みの理解

痛みの定義

 私たちが様々な原因で体験する「痛み」。 その痛み感覚は人間にしか体験できない感覚だ、と言われています。でも、他の動物でも痛みが出るような強い刺激を受けると痛がっているようなしぐさをしたり、その刺激から逃げようとしたりする行動をとるではないかとお思いでしょうが、しかしその刺激に対する反応と人間の痛み感覚は同じではないのです。

 痛みの研究をしている国際疼痛研究学会(IASP)では、痛みの定義として次のように発表しています。

 

    「痛み:実際の、または潜在的な組織損傷を伴う不快な感覚、精神的な経験」

 

 つまり、痛みを起こすような組織障害がはっきりしている場合は当然痛みを感じ、そのことに対して精神的にも反応するが、そのような組織障害が明らかではない場合でも痛みを感じることがあり、原因が無くても痛みは起うるのだ・・・というのです。

 実際、治療の現場にいるとそのような場面に時々遭遇します。 

2種類の痛み感覚

  私たちが体験する痛みの感覚、その感覚は神経線維によって伝えられている・・・ということは一般的に知られていることだと思われますが、しかしその痛み感覚には2種類の感覚が混在しているということをご存知でしょうか?

 

 神経線維には「鋭い速い痛み」を伝える線維と「鈍く遅い痛み」を伝える線維があるのですが、例えばこんな場面を想像してみてください。

 ある時不意に向う脛を何かの角にぶつけた…とします。そうするとどうでしょう? 最初、ぶつけた瞬間に鋭い痛みが走り、思わず「痛い!」と叫んでしまいますね? しかし、その鋭い痛みは長くは続かず直ぐに無くなってしまいます。そしてその直ぐ後から「ジンジン」した鈍い嫌な痛みが出てくるのを体験したことは一度や二度ならずあると思います。

 最初の鋭い痛みを「First  Pain(ファーストペイン)」、後の鈍い痛みを「Second  Pain(セカンドペイン)」と呼んで区別しています。

「First  Pain」は伝達速度の速い信号で、ぶつけた瞬間に回避動作を取らせるための信号です。そして問題になるのが後発の「Second  Pain」で私たちを苦しめる慢性痛の主役として関わってくることを覚えておいて下さい。

痛みの分類

 体性痛  皮膚や体表の粘膜、骨格筋、骨膜などが原因で生じる痛みで、限局した疼くような感覚と、体動に

       よって増悪する痛みを言います。

 

 内臓痛  内臓の炎症や壊死、伸展、強い収縮などによって生じる痛みで、深い部位での鈍い、重苦しい、

       締め付けられる、痛みであることが多い。

 

・ 神経因性疼痛

       末梢神経または中枢神経の損傷や障害によって起こる痛みで、焼けるような、電気が走るような、

       刺すような・・と表現される痛み感覚、の特徴があります。

 

・ 混合型神経障害性疼痛

       体性痛と神経因性疼痛との混合型、体性痛と内臓痛の混合型、あるいは 前出3つの混合型

       等々、色々な混合型が出現します。

       特にこの混合型はがん性疼痛で頻発し、疼痛コントロールを困難にする場合があります。

 

 以上の様な分類をするのは、原因によってそれぞれ治療が変わってくるからで、

 例えば内臓痛にはモルヒネが良く効くが、神経障害性疼痛には効きにくい・・・などの理由によります。

 

 

 

心が引き起こす痛み

 痛みには 心因性疼痛 と言われる痛みがあります。読んで字の如く 心が引き起こす痛み のことですが、ではどうして「心(こころ)」が痛みを引き起こすのでしょうか?

 それは例えばある時、体調がすぐれないので病院を受診したところ 「少し進行した胃がんです。」と言われたとしましょう。たいていの人は頭の中が真っ白になるようなショックを受けるに違いありません。そしてそのあと様々なことが頭をよぎり、心は乱れ夜も眠れず、結果軽いうつ状態になるはずです。

 その状態は自律神経の交感神経を優位にするように働くため、筋肉の緊張や血圧の上昇といった事態をも引き起こすことになります。その反応自体は緊急事態に対処するための防衛的な正常な反応なのですが、しかしその状態が長く続くと緊張した筋肉に血管やリンパ管が圧迫され、通過障害を起こし、そのために老廃物の排泄が滞り、そのことがまた刺激となってさらに筋肉の緊張を強める...といった悪循環に陥ります。

 その結果、頸や肩の痛み、頭痛、目の奥の痛み、といった諸々の痛みや不眠や不安といった正に心因的な症状まで表れるようになるのです。

 私が緩和ケアで関わっているがん患者さんたちは、それぞれのがんとの戦いばかりではなく、「自分の中から湧き上がってくる手強い痛み」とも戦っておられます。 

「不快」という感情

  私たちが体験する痛み感覚は「痛み」という感覚と同時に湧き上がる「不快」という心理感覚をも体験させてくれます。しかし、この「不快」という感情はどこから来るものなのでしょうか?

 痛みは記憶だとも言われています。それは私たちが初めて痛みを経験した時、痛みの感覚と同時に、その痛みを起こした際の驚きや恐怖心といったその瞬間の感情をも記憶してしまうのです。そのため、その事件から何年も経過しているのに、そしてまったく別のきっかけで起こった痛みであるにもかかわらず「痛い」という感覚と同時に「不快」な感情も呼び覚まされてしまうというわけです。

 そしてまた、痛み感覚はあくまでも主観的で個人差が大きいという特徴があります。

 そのため痛みの強さを客観的に測ることが極めて困難である理由です。 

痛みの警告信号としての働き

  痛みという感覚、痛みという体験は私たちにとって避けられない体験であり、また体験せずに済むものだったら絶対に体験したくない嫌な感覚であることは誰しもが認めるところでしょう。そのために薬を飲んだり注射を受けたりと、様々な手段を講じてその痛みから逃れようと努力をしています。

 しかし、その嫌な痛み感覚ですが、体の中ではとても大事な仕事をしています。それは体内の様々な異常を知らせてくれる警告信号としての働きです。体の一部をどこかにぶつけたり、非常に熱いものに触った時の鋭い痛みは、思わず体をよけさせて大きな怪我や火傷にならないように回避動作を起こさせる信号として働きます。

 お腹の中から発する鈍い痛みはその付近に何か異常があるのでは?という予感を本人に起こさせて、安静にするかもっと酷ければ病院に行って診てもらう・・ということで病気の早期発見に貢献するでしょう。

 痛みは「痛い!」という感覚を起こすことで私たちに異常事態の存在を知らせてくれているのです。 

最後に

  誰しもが嫌だ!と思う痛みですが、その嫌な痛みが起こらないととても困った事態に陥ることがあります。

 例えば、がんがその代表格でしょう。

 がんは発生してからしばらくは殆ど痛みなど起こりません。そのため本人が違和感を感じて病院で検査を受けなければと思った頃には相当進行していて、不幸にも手遅れであった・・等ということが少なからずあることはほとんどの方がご存知のことだと思います。

 がんが発生した直後から痛みなどのはっきりした警告信号があれば、もっと早く病院を受診することになるでしょうし、その結果たくさんの方々が助かったに違いありません。

 

 またこんな例もあります。私がまだ整形外科に勤務していた時の経験です。

 ある時、中年の男性で職人さんの方が仕事中に足首の捻挫を起こして来院されたのですが、レントゲン検査でも骨折が否定できたためテーピング固定と鎮痛剤の投与を受けて帰られました。その2日後、その患者様は患側の足を象の足のように腫れさせて来院したのです。事情を聴いたところ、病院から帰った後「先生からは安静にするように言われたが、仕事が立て込んでいた事と薬が良く聞いた様でほとんど痛くなかったので直ぐにまた仕事に戻ってしまった」というのです。

 そして翌日は痛くならないように・・と鎮痛剤を多めに飲んで仕事をしていたそうですが、さすがに夕方には痛みが出てきて我慢が出来なくなったため早めに帰宅したが、翌朝(当日)起きてみたところ患部が腫れ上がっていた・・・ということでした。

 結局この患者様は捻挫を起こした直後であるにも関わらず患部を酷使してしまったため、痛みが治まらず1か月以上にわたって治療を余儀なくされてしまったのです。

 この例も痛みを感じて安静にしていればこんな事態になることはなかったであろう事例です。

 

 痛みがなぜ必要なのか?痛みが担っている役割は前に書いた通りです。痛みが起こることで私たちは危険を回避し、障害の程度を軽くでき、あるいは病気の重篤化を防ぐことが出来ています。

 しかしその一方、警告信号であるはずの痛みが長引いてくると「警告信号だから・・」などとは云っていられない事態も生じてくることがあります。

 「慢性疼痛」と云われるのがそれで、治ると思われる期間を超えて痛みが継続している状態を言いますが、それは慢性的に痛みが継続すると、痛みを感知、伝達、認知・・する疼痛システムそのものが敏感になり常に稼働している状態になってしまったり、伝達システムが痛み刺激や神経損傷のために変化してしまうのが原因だと云われています。

 その代表格が帯状疱疹後神経痛で、皮膚にできた疱疹が良くなってしまってからも何年にもわたって痛みが残り、患者様を苦しめる病気です。

 その結果うつ状態になったり、それが原因で社会活動に影響が出たり、離職を余儀なくされるような深刻な事態にまで追い込まれることすらあります。